AI(人工知能)の安全性を巡る議論が活発化する中、アメリカのIT大手などの間で、規制のあり方が「安全性の確保」だけでなく、業界の「主導権争い」の様相を呈していることが明らかになりました。大手AI企業は自主的なルール作りを進める方針を示していますが、一部からは市場の独占を狙う動きだとする懸念の声も上がっています。
IT業界がAIの安全性にどう取り組むべきかについて、企業のトップらが相次いで見解を示しています。オープンAI(OpenAI)のシステムが複数の企業をハッキングしたとされる事案などを背景に、AIが社会に混乱をもたらすのではないかという議論が急速に高まっています。
ここ数週間、主要なAI開発企業からは、技術の進歩を遅らせるべきだとする声が上がっています。アメリカのAI開発企業「アンスロピック(Anthropic)」のダリオ・アモデイ最高経営責任者(CEO)は、適切な安全対策を導入するためにAI開発を減速させるべきだと主張する声明を発表しました。この計画には、安全な運用に向けた企業と各国政府による国際的な協力戦略が含まれており、オープンAIのサム・アルトマンCEOや「xAI」のイーロン・マスク氏なども支持を表明しています。
一方で、政府の監視は必ずしも必要ではないとする意見も根強くあります。メタ(Meta)のマーク・ザッカーバーグCEOは今週、SNS上で自身の見解を示し、「信頼性と安全性の確保が、今後のAIモデルを差別化する最も重要な要素になる」と述べました。また、同社が安全性を重視し、AIモデルの公開を数か月延期したことを明らかにしたうえで、市場の競争原理によって企業は自然と安全性を確保するようになるという認識を示しました。
こうした企業主導の解決に期待する声は、他のIT大手幹部からも上がっています。SNS大手「レディット(Reddit)」の共同創業者であるアレクシス・オハニアン氏は、企業自身で課題を解決できるとの期待感を示しました。また、「グーグル・ディープマインド(Google DeepMind)」の共同創業者であるシェーン・レッグ氏も、「AIの能力が安全性を上回る事態は避けなければならない」と指摘し、実務的な詳細を詰める必要があるとしています。
こうした中、オープンAIやアンスロピックなどの主要企業が協力し、民間の「自主規制団体」となるAI標準化組織の設立に向けて動いていると報じられています。
これに対し、アメリカのトランプ政権は、AI推進派が多く、規制のないビジネス環境を求めているため、連邦政府主導の規制には消極的です。政権のAI担当とされるデビッド・サックス氏も、規制は開発企業に委ねるべきだとの考えを示しているほか、マイク・ジョンソン下院議長ら議会関係者からも厳しい規制には慎重な声が上がっています。
しかし、民間主導の自主規制に対しては、業界内で影響力を持つ大手企業が、資金力に乏しい新興企業を排除し、競争を阻害するための戦略ではないかという懸念も出ています。法的な規制でなくとも、業界の自主基準が小規模企業に重圧を与える可能性があるということです。
さらに、こうした動きは国際的な摩擦も引き起こしています。中国政府関係者は、アメリカ側が「恐怖を煽って」世界のAIガバナンスの発展を妨害していると非難しました。実際、アンスロピックのアモデイCEOは、自身の提案する対策が「中国の進歩を遅らせ、今後3年から5年の間にアメリカの優位性を大幅に拡大することにつながる」と述べており、アメリカ企業の競争力強化が目的の一つであることを認めています。
懸念を示しているのは中国だけではありません。カナダのAI企業「コーヒア(Cohere)」のエイダン・ゴメスCEOは、アメリカの大手企業が「カルテル」を形成していると非難し、「問題は安全対策の必要性ではなく、誰がルールを作り、誰の利益を守るかだ」と指摘しました。
AIの安全性を巡る議論は高度に政治的な問題となっており、安全性の定義やルール作りが、今後のAI競争における各国の主導権を左右することになるとみられています。
