人型ロボットや倉庫用ロボットを制御する「物理AI」の開発において、現実世界の学習データの不足が大きな課題となっています。この問題に対処するため、AIモデルの学習用データを構築するアメリカのスタートアップ企業「Encord(エンコード)」は、人間の脳波や筋肉の動きを測定し、ロボット向けの新たな学習データを生成する実証実験を始めたと発表しました。
カリフォルニア州にある同社の施設では、「パイロット」と呼ばれるデータ収集の担当者が、カメラと脳波センサーを搭載したヘッドセットを装着し、ジェンガのブロックを崩す作業を行っています。視線の動きだけでなく、作業中の脳波を測定することで、より高度な学習データを収集できるということです。
エンコード社は、ロボット開発における最大の障壁はAIのモデル構造ではなく、物理的な学習データの圧倒的な不足にあると分析しています。そのため、既存のデータを管理するだけでなく、不足しているデータを自ら「製造」する事業戦略を打ち出しています。
今回使用されている脳波測定ヘッドセットは、ドイツの神経科学スタートアップ「Zander Labs(ザンダー・ラボ)」が開発したものです。脳の活動から「間違い」「意図」「驚き」といった心理状態を推測し、AIの学習に役立てる方針です。現在はこの技術の実証段階であり、実際のロボットモデルで性能向上が確認できれば、規模を拡大するとしています。
エンコード社でロボット学習部門の責任者を務めるビニース・ベルムルガン氏によると、文章を生成するAIがインターネット上の膨大なテキストデータを学習したのに対し、ロボットの物理的な動作を学習するためのデータはインターネット上には存在しません。自動運転車のように自社でデータを収集する方法もありますが、規模の拡大が難しく、動画のみの学習では現実世界の複雑さを十分に再現できないとしています。
現在、ロボット開発企業は主に、作業員がカメラを装着して撮影した動画データや、人間が遠隔操作するロボットから得られるデータを活用しています。エンコード社はこれらの手法に加え、腕にセンサーを装着して筋肉の電気信号を検知する新たな技術の開発も進めています。これにより、カメラの死角となる手の動きを3次元で把握し、AIの理解度を向上させる狙いがあるということです。
収集されたデータには、「右手でボルトを締める」といった詳細な説明が付与されます。ベルムルガン氏によれば、こうした高品質なデータは、一般的な動画データに比べて特定の作業を学習する上で極めて高い価値があるとしています。
一方で、インターネット上のデータを安価に収集できた従来のAI開発とは異なり、物理AIのデータは多額のコストをかけて「製造」する必要があるため、AI開発の経済的な前提が大きく変化していると指摘しています。同社は今後も業界全体の動向を分析し、最適なデータ生成手法の確立を目指す方針です。
