アメリカ・ニューヨークに拠点を置くベンチャーキャピタル(VC)「スライブ・キャピタル」の創業者、ジョシュア・クシュナー氏が、投資家向けの書簡で、人工知能(AI)ブームに沸くシリコンバレーの投資手法に警鐘を鳴らしたことが明らかになりました。書簡の内容をアメリカのメディアが報じました。
ブルームバーグ通信が報じた書簡によりますと、クシュナー氏はAIの機会の大きさを認める一方で、「興奮によって投資の規律を弱めることは重大な誤りだ」と指摘しています。特にシリコンバレーの業界全体が、技術の最終的な到達点よりも、目先のわずかな技術的進歩に執着しすぎていると懸念を示したということです。
スライブ・キャピタルもAI分野に多額の資金を投じていますが、そのアプローチは他のVCとは異なるとクシュナー氏は主張しています。シリコンバレーで一般的な、数多くの企業に少額ずつ投資する手法ではなく、同社は支援する企業に集中的に資金を投じる方針です。ブルームバーグの推計によりますと、同社の各ファンドの資金の約90%は、上位15社の投資先に集中しているということです。
クシュナー氏は、市場が恐怖と熱狂の間を揺れ動く中で、同社は独立した思考を保っているとしています。この考え方は、シリコンバレーを代表する投資家マーク・アンドリーセン氏らが提唱する「少数の突出した成功企業がすべての損失をカバーする」というVCの基本前提とは対照的です。この前提のもとでは、VCは常に次の「OpenAI」のような巨大な成功を探し求めることになり、結果として、最大の勝者になり得ないと判断されたスタートアップへの支援が打ち切られる事態を招くとしています。
さらにクシュナー氏は、既存産業を外部から破壊するというシリコンバレーの一般的な考え方を退けています。「既存産業は外部から破壊されるだけでなく、内部から変革される」という信念のもと、投資活動を行っているということです。
その最大の例が、AI開発企業「OpenAI」との関係強化です。スライブ・キャピタルはOpenAIの主要な投資家ですが、2025年12月には役割が逆転し、OpenAIがスライブ・キャピタルから独立した「スライブ・ホールディングス」に出資する形となりました。スライブ・ホールディングスは企業を買収し、OpenAIと協力してそれらの企業にAIを導入する事業を展開しています。
現在、同社は70以上の事業を買収し、35人のエンジニアチームを擁しています。例えば、会計プラットフォームではAIを活用して税務申告書の作成を30%高速化し、98%の精度を達成しているということです。
スライブ・キャピタルの集中投資戦略は大きな成果を上げています。2022年に設立された5億1600万ドル(約799億8000万円)規模の初期投資ファンドは、OpenAIや防衛技術の「アンドゥリル」、宇宙開発の「スペースX」などに早期投資を行い、今年6月末時点でその価値は37億ドル(約5735億円)以上に達しているということです。
クシュナー氏によりますと、同社の運用資産総額は600億ドル(約9兆3000億円)に上ります。全ファンドのグロス内部収益率(IRR)は41%、ネットIRRは33%と高い利益を報告しており、過去12か月間だけで投資家に10億ドル(約1550億円)以上を還元したとしています。また、「今後数四半期でさらに数十億ドル規模の資金還元機会があるかもしれない」との見通しを示しました。
一方で、アンドリーセン・ホロウィッツが2009年から2025年の間に投資家に250億ドル(約3兆8750億円)を還元したと報じられているように、分散投資のアプローチも財務的には機能していると指摘されています。また、スライブ・キャピタルの集中投資戦略は、クシュナー氏のような豊富な資金力とネットワークを持つ一部の投資家だからこそ可能だという見方もあります。
それでも、「急成長しているすべての企業が優れているわけではなく、優れた企業であっても、どのような価格でも良い投資対象になるわけではない」というクシュナー氏の指摘は、過熱するAI投資に対する重要な視点を提供していると言えます。
